松原君だった。
あたしは、名前なと覚えてはいなかった。
ただ
その名を聞いた瞬間に、あたしは、知ったのだ。
紛れもなく松原君であることを。
松原君は現世ではネコになっていた。
あたしがそのネコに出会った時点ではあたしは何もわからなかった。
松原という名前を聞いても、その存在の強烈なけれど優しく、爽やかな空気以上に、具体的な関係性は何一つ思い出せなかった。
松原ネコは、しょうがないなあ、と言いながら、
おもむろにビデオを見せてくれた。
ちっちゃいヒト科のあたしと、ちっちゃいヒト科の松原君だ。
それからもう一人、松原君の幼馴染。
あたしはからかわれてばっかのその幼馴染のために、
松原君を懲らしめようと、棒をもって町中を駆け抜けてた。
古い町並み、神社、橋、工事現場、バス停。
あたしたちの駆け抜ける風景は、どこかのようであり、どこでもないようでもあった。
しばらくすると、
異様に目の大きいフランス人がでてきた。
あたしが気味悪がっていると、
「この頃フランスでは、もともと目が大きい人でも、目の両端を何ミリかづつ切って、目を大きくするのがとても流行っていたんだよ。」
と教えてくれた。
混乱しながら見つづけると、
どうやら、このビデオは映画で、あたしと松原君は、映画の一部だったということがようやくわかった。子役というわけだ。
あたしは目が疲れたと言って、
それからしばらくして、観るのをやめて、テレビのスイッチを切った。
松原君は、さっきビデオを取りに行ったときに左前足をおかしくしたらしく、一度足をいとも容易く引き抜いて、調整してからまたさしこんでいた。
「え?機械なの?」と聞くと、
「いや、そういうわけでもない。生きてるし、あったかいし。」
ふーん、とあたしは少し納得のいかないままひんやりとしたフローリングの床にぺたりと座った。
ぼんやりしてるあたしをみて、
松原君は、とことこ寄ってきた。
あたしたちはそしてとても長いキスをした。
ネコの舌って意外と長いのね、と思った。